付録2. ゲノミクスと系統樹
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全ゲノムの比較により、ゲノム中の塩基配列の進化するスピードは、部分によって大幅に異なっていることが明らかになった この進化スピードの違いは、家畜動物の品種の系統樹を含め、系統樹を再構成するのに役に立つ ゲノムの中には高度に保存されていて、進化が大変遅い部分もある
かと思えば、ほとんど保存されておらずに比較的速く進化するような部分もある
系統樹のなかでも、何千万年にもわたって進化してきた枝を再構成するには、保存性の高い配列を利用するほうが適している
一方、数万年の進化を経てできた枝を再構成するには、保存性の低い配列のほうが適している
ゲノムのうち保存性の高いのは遺伝子の部分、すなわちタンパク質のアミノ酸配列をコードしている領域
この領域は高いレベルの「正常化」あるいは「純化」選択(→正常化選択, 純化選択)にさらされており、タンパク質のアミノ酸配列に影響を与えるような突然変異は、排除されるのが普通である こういった突然変異は選択に対して中立的であると言ってよい
アミノ酸の置換は選択に対して中立的な場合とそうでない場合がある
元のタンパク質よりも有利になるような変異を引き起こす突然変異は例外だが、そのような変異はきわめて稀だ
哺乳類では、タンパク質のアミノ酸配列をコードする領域はゲノム中のわずか1~2%であり、残りの部分は非コード領域である 非コード領域のなかで、転写によるrRNAやtRNA合成のもとになる部分はしばしば「RNA遺伝子」と呼ばれるが、この名称はもともとの遺伝子概念を大きく拡大したものである。 しかし、非コード領域の大部分はコード領域に比べて保存の程度が低い
だが、この比較的保存されていない広大な非コード領域の進化スピードにはかなりの幅がある
比較的急速に進化している非コード領域には、トランスポゾンと呼ばれる領域も含まれる これは、数塩基を単位とする短い塩基配列が何度も(数回~数十回)反復して並んでいるものである
マイクロサテライトは進化スピードが早いために、進化の歴史を決定する際に非常に役立つツールの一つであり、たとえばイヌの品種の進化の研究などに用いられている ゲノミクス以前、つまり、核内に含まれるDNAの全塩基配列が解析・比較できるようになる前にも、DNAの情報は、進化の研究にツールとして利用されていた
実は、動物はそれぞれ二種類のゲノムを持っている
ミトコンドリアは核外(細胞質)にある細胞小器官で、細胞が必要とするエネルギーの大部分を生み出している 核内にあるDNAとは別に、ミトコンドリアゲノムは核ゲノムに比べてきわめてサイズが小さく、また、核ゲノムの大部分よりも保存の度合いが低く、進化のスピードが速いという特徴もある
そのため、家畜化など、比較的短い期間で起こった進化の分析に適している
実際、ゲノミクス以前は、家畜化された哺乳類の起源を識別するには、ミトコンドリアゲノムを解析するのが最上の手段だった
ミトコンドリアゲノムはたしかに有用なのだが、重大な限界がある
核DNAとは異なり、ミトコンドリアDNAは母系飲みを通じて伝えられていく そのため、場合によっては遺伝的影響を拾い出せないこともある
たとえば、イヌの家畜化初期には雄オオカミと雌イヌの交尾が普通に行われていた可能性があるが、その影響はミトコンドリアDNAには残らない
実際、そういった野生型の雄と家畜化された雌の間での性的交渉は、家畜化された哺乳類で全般的によく起こっている
幸いにも補正する手立てはある
だが、それが十分に利用できるようになったのはごく最近、ゲノミクスが大躍進してから
Y染色体はかなり小さな染色体で遺伝子の数もごく少ないが、サイズの小ささからしても遺伝子の数が少なすぎるという点で変わっている
Y染色体の大部分はジャンクのなかでもまさしくジャンクなDNAからなっている
このジャンクは表現型には影響しないので、いきあたりばったりに変異する
大部分は自然選択の網には引っかからない
そのためY染色体の突然変異は速いスピードで蓄積し、その変異率はミトコンドリアDNAと同程度
ミトコンドリアDNAを用いた分析とY染色体のDNAを用いた分析を組み合わせることにより、家畜化された哺乳類の歴史について、多くのことがわかってきた
しかし、近年、全ゲノム情報が解読できるようになって、家畜化についての知見は桁違いに増えた